あなたは救急車が来たらきちんと車を停めていますか?

 「先生、交通事故です。自爆だそうです。いいですか?」事務当直より電話が入った。いいも悪いも無い。ここは第三次救急病院である。ここで断れば後が無い。事務の者も断れないのを知っているから安心して聞いてくる。形式的なことかもしれないが「どうしますか?」と聞かれ「いいよ」と答えた瞬間から責任が生まれ当直医の心の準備が始まるのである。新米の頃は電話の度にマニュアルを読み返した。意識が無いと聞けば意識障害の鑑別の仕方、胸が痛いと聞けば心筋梗塞の初期治療のABC、肘を痛がっている子が来ると聞けば肘関節の脱臼の整復法、思いつく限りの状況を想定し予習した。救急車が来るまでの時間は貴重だった。

 15分程で救急車は到着した。患者は60代の男性。顔色不良だが意識は清明。少し酒臭い。救急隊の話では宴会の後自分で運転して帰る途中で電柱に衝突したらしい。スピードはあまり出ていなかったそうだが軽トラックは大破した。血圧80/55、呼吸は浅く速いが呼吸音は正常、四肢は冷たい。いわゆるショック状態である。前胸部に皮下出血を認めるが腹部、背部および四肢に外傷無し。点滴と昇圧剤の投与をしながら胸のレントゲン写真と腹部のCT(断層写真)を撮る。これという程の大きな異常は写真上は認められない。肝臓も脾臓も損傷無し。なのに何故血圧は上がらないのか?何かおかしい。まさか心タンポナーデではと昔の患者が頭に浮かぶ。

 私が医者になって1年目の秋、筑波大学の外科にいたときであった。交通事故で胸をハンドルに打ちつけ心臓が破裂し、そこから出た血液が心臓の外側を包む膜の中に充満、その圧力で出血は止まったものの心臓がうまくポンプしなくなった(心タンポナーデ)人がいた。幸い診断がすぐ下り緊急手術で一命を取りとめたのであるがその人に症状がなんとなく似ているのである。心電図と胸部のCT検査を追加するとそのまさかの心タンポナーデであった。

 血圧を維持するために点滴を追加、心臓外科の医師と連絡が取れ患者を搬送することとなった。国立沼田病院から前橋まで高速を使えば1時間足らず、どうにか間に合うと思った。初めて救急車に乗った。「運転手さん頼むよ、とにかく急いでくれ!」黙ってお願いする。高速は結構飛ばせるのであるが、料金所を降りてからは滅法遅くなる。気になって道路を見てみると前を走っている一般車が止まっていない。端によけてはいるがのろのろ走っているのである。車が止まっていないから救急車に気がついているのか、たまたま徐行しているだけなのか判断できない。それで救急車はその脇が空いていてもスピードを出して追い抜けないのである。きちんと静止して待っていてくれる集団もあった。そんなときはフルスピードで駆け抜けられる。運転手の必死の努力で患者は間に合い一命を取りとめることができた。
その後も何度か救急車に同乗する機会があったのだがその度にいらいらした。運転手の立場から考えると端をゆっくり走れば救急車の邪魔にならないと思いがちであるが(実は私も救急車に乗るまでそう思っていた。)車がきちんと静止していない限り救急車は思い切り急げないのである。

うめやま医院 高崎市 泌尿器科