膀胱がん出なくなった有名俳優

かつて一人の俳優がいた。彼は1949年9月21日山口県下関市の遊郭街で質屋の三男として生まれた。
1年遅れで出生届が出された(戸籍上は1950年9月21日生)。
1967年高校を中退し米国サンフランシスコに渡るが1年で帰国、1970年関東学院大学英文科に入学する。
黒澤明監督の自宅を訪れ3日間座り込んで弟子入りを志願した。しかし監督に一目合うことも叶わず断られる。
彼は劇団仲間に言った。

“俺は一生かかっても必ず有名になってみせる。だが有名になっても黒澤明の映画には出んからな”と。

1972年文学座付属演劇研究所に12期生として入所。同期に阿川泰子、二期先輩に桃井かおりがいた。
1973年“太陽にほえろ”でTVデビュー。Gパン刑事を演ず。
1977年“人間の証明”。1979年“野獣死すべし”では奥歯を4本抜いて8キロ減量したと言う。
1988年膀胱がんと診断されるが1989年“ブラックレイン”に出演。1989年11月6日鬼籍に入る(40歳)。

その当時私は前橋市の病院に勤務していた。驚いた事に、彼が亡くなってから1週間の間に、それまで血尿を放置していた人が10人も受診した。
10人のうち2人が膀胱がんだった。他の8人は大きな異常は無かった。松田優作氏のおかげで2人が命拾いした。

最近の1ヶ月で私は2名の膀胱がんの方を手術した。1名は以前から検診をしている人で、もう1名は血尿に気づき近医を受診し、専門医を紹介されたため当院に来た方である。
2人とも早期なので腹を切ることなく、内視鏡手術で治った。入院も1週間であった。
同じ膀胱がんでありながら松田優作氏とこの2名の方の差はなんであろうか。
彼は自分の治療よりも映画を優先させたと言うのが当時の美談であったが、おそらく彼の場合発見が遅かったのだと思う。早く見つかれば1週間の入院で良いのである。

膀胱がんの初発症状は血尿である。

多くの場合は“ある日小便をしたら真っ赤だった。”ということが多い。

あまり突然なので気のせいじゃないかと思う人もいる。もう一度小便が赤いとやばいと思って病院に来る事が多い。
でもそれでは遅い事もある。すぐ来て欲しい。
血尿と言うのは尿に血が混じった状態である。血を吐いたり、便に血が混じっていたりすれば、たった1回でも青い顔をして病院に飛んでいくくせに、小便がちょっと赤いくらいだと、疲れているせいかもしれないと自分で判断して放置している人も多い。
これは啓蒙が普及していないのでやむをえないところもあるのだが、これを読んだ皆さんは小便が赤いのは血を吐いたのと同じくらい重要だと言うことを覚えておいていただきたい。

小便を造るのは腎臓である。
尿管を通って膀胱に溜まり尿道から排出される。臓器としては腎臓、尿管、膀胱、尿道のどれかに異常がある。これらのどこかで血管が切れ出血し尿に混じる。細い血管からの出血だと微量なので肉眼ではわからないが、健康診断の尿検査ではわかる。目で見てわかるようなら血管が何本も切れているか、太い血管が切れたのである。
血尿をきたす病気としては結石、炎症、腎や膀胱の奇形、ポリープ、腫瘍などが考えられる。
もちろん全部悪性と決まったわけではない。悪性でない事も多い。検査の結果異常が見つからない事もある。これは特発性腎出血と呼ばれ、腎臓の鼻血みたいなものである。